転職 エージェントのこんな要素
減量経営への動きや、人材派遣業などの攻勢によってサラリーマン社会は大きく揺さぶられてくる。
だから転職は前向きと後ろ向きと両方ある。
いい話ばかりではない。
会社は一番楽しい所ではなくなったただ、そういう時代というのは確かに厳しい時代だが、本来、自由経済社会というのは、むしろそういうものだという覚悟がいるのではないか。
いままでのような会社主義、運命共同体何々一家、温情主義人事というものは高度成長期というサラリーマン黄金時代の幻想であり、例外的存在でもある。
確かに厳しいかもしれないが、自由経済社会ではこれがむしろ正常なことかもしれない。
むしろそのくらいの厳しい受け止め方をしておくほうが、サラリーマンにとっては利口だということである。
この頃会社に対する忠誠心が減ってきて、むしろ自分の職能とか仕事の内容に対する忠誠心が非常に増えてきている。
これはサラリーマンが、したたかになってきたあらわれであろう。
会社人間というのは仕事も遊びも会社の仲間と一緒。
家へ帰れば「メシ・フロ・ネル」。
しかし、それだけではどうにもならない。
会社から「あんた、だめだよ、いらんよ」と言われたら拒然として立ちすくんでしまうだけである。
このへんのところが二十四時間会社人間のいちばん弱いところであろう。
滅私奉公の世代にはそういう哀しいところがある。
会社本位の古い忠誠心から新しい忠誠心へ比重をどんどん移行させていくべきである。
会社よりもまず、自分の仕事に忠誠心をもたないといけない。
しなやかな忠誠心といってもよい。
そのことから考えても、最近、新人類あたりにゼネラリストよりもスペシャリスト好みが非常に増えてきているのはいい傾向だと思う。
自分のプロフェッショナリズムな部分は会社に庇護されなくてもなんとかやっていける。
多少ともそういうものがないと、会社から見はなされると、もうどうしていいかわからないという状態になる。
会社に忠誠心をもちすぎる社員に限って、いざ、肩叩きされたり、左遷されたり、子会社への出向をやられたりすると、「なぜオレだけが」「これだけ会社のために尽くしてきたのに何ということをしてくれるのだ」と会社を怨んだり反感をもつ傾向が多い。
まるで悪女の深情けのようなものである。
いままでやすやすと中高年が会社人間になったのは、四捨五入していえば、会社がいちばんおもしろくも楽しくもあったからである。
会社にいて会社で交際費使えていろいろ遊べるし、地位ポストも上がっていく。
そういうことで家へ帰って古女房の顔を見るより、ずっとおもしろかった。
だからたいていのサラリーマンはよろこんで自分から進んで会社人間になった。
ところがこれからは、会社というのは、おもしろいこともあるし、おもしろくないこともいっぱいある。
これが常態ではないか。
そういう意味でサラリーマン黄金時代の記憶というのはもう捨ててしまって、あっさり観念してしまったほうがいい。
ノイローゼにかかった年輩のサラリーマンを調べてみると、かつての黄金時代がなかなか忘れられない執着型の人に多い。
これからサラリーマンはいわばプレイング・マネージャーを目指すべきである。
プレイング・マネージャーというのは、自分の仕事も持ち、なおかつ仲間でも仕事ができる、あるいは部下にリーダーシップを発揮できる存在である。
特に最近の若い人は、人柄のよさとか気くばりだけで上司を尊敬しない。
上司を尊敬するのは、この人なら自分の能力を伸ばしてくれるとか、自分に価値ある仕事をさせてくれるとかを彼らが信じたときである。
そのためには、自らが部下から尊敬されるようなプレーのできる確たる腕前をもっていなければならない。
外からお呼びがかかるぐらいの腕前であればなおいい。
会社人間が会社をダメにする生来の好奇心もあって、アウトプレイスメントのスタッフに会ってみたが、彼らがこぼしているのは、いまの大企業では、たとえば銀行でも商社でも、会社の看板で仕事をしてきた人があまりにも多すぎるということである。
ほかの会社のことをまるで知らない。
隣村でさえ見物に出かけたことのないムラ社会の住民がいる。
もちろん文化の交流も技術の交流もない。
大企業のサラリーマンほどその傾向にある。
このことはたいていのヘッドハンターもいっている。
あるスカウト会社の経営者がおもしろいことをいっていた。
大企業には超AとA、B、Cの人材がおり、中小企業にはA、B、Cの人材がいる。
ところが、大企業のAは実はBにすぎない。
会社の看板があり、会社のお金と信用があるからたまたまAになっているだけの人が非常に多い。
その点、中小企業のAは本当のAである。
会社の看板もない、信用もない、金もない、組織も人もない。
その中でともかく自分の腕前だけで仕事をやっている。
能力を死にものぐるいで磨いているという人が多い。
したがって本当に欲しい人材は大企業の超Aと中小企業のAである、と。
皮肉なものである。
大企業のAはよほど気をつけないといけない。
トレードしても当たりはずれが多いのである。
このことをある優良企業の人事部長あたりに話したら、「昔はその大企業のBもCも、本当はAだったのですがね。
ぬるま湯の中でいつの間にかB、Cになってしまった。
結局のところ、サラリーマンの実力とはストックじゃなくてフローなんですね。
つねに発揮していなければ能力などナマってくる。
厳しいものですな」と悔然たる表情で感想を述べていた。
ともかくアウトプレイスメントでも、人材銀行でもいっているのは、履歴書に自分のやってきた仕事を書きなさいというと、大企業のサラリーマンはたいてい「はて?」と、へたへたと坐り込んでしまうということである。
「係長、課長を経験しました。
海外へ行きました。
地方勤務もしました」「で、あなた自身で何をやりましたか」とたずねたら答えられない人が多い。
本人が何をやりたいか、何をやってきたかということを知りたいのはヘッドハンターだけではない。
アウトプレイスメントのようなところでもそこがポイントである。
つまり、転職とか再就職に大事なのは、人と同じことをやった部分ではない。
自分の仕事や個性、つまり差異が問われている。
差異を問われているのは人だけではない。
企業でもよその企業と同じことをやっていたのでは勝てない。
違うことをやらなければならない。
人並みに、ほどほどに、仕事も他人とまったく同じという工業化社会の規格化された社員をどうしてよその会社が高いお金を出し、頭を下げてまでもらい受ける必要があるのだろうか。
やはり会社の中の身内だけでなく、他人様にも多少は自慢できる何かがいる。
それを持っておれば、かりに会社が倒産した、不幸にして肩叩きの対象になったとしても、外の世界でしたたかに生きていける。
また頼れる部分が自分にあれば、いくらでも余力をもった機略縦横の戦いを、いま勤めている会社の中でもできるというものである。
自分を引き上げてくれる上司に頭を下けるにしても、見苦しくない程度にそれがやれる。
ゴマスリと根回しで出世するのもいいが、そのワンパターンの出世術がいつまでも適用するわけではないのである。
腕前を磨くことは転職を考える人だけではなく、企業でしたたかに生き抜いていくためにも必要なことである。
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